参戦記解答集

第44回全国大会観参戦リポート・参戦記解答集

第一問解答

今回、静岡代表として全国大会に出場させていただきましたので、結果がどうだったのか、
浜松チェスクラブの皆様にご報告いたします。

4月30日(土)午前10時40分、第1ラウンドが始まります。
参加36人中27位(レーティングによる順位)の私は16番ボードからスタートです。

□前田春乃 1400
■神田大吾 1806
全国大会2011(1)

25...Rxd4
26.Bxb7 Rd1+
27.Kg2 Nf5 (図)



互いにポーンを取り合ったこの局面の形勢はどうでしょうか。盤全体をゆっくり見渡してみましょう。
ポーンの数は五対五で同じ。ただ、二と三の白に対し、一と四の黒。盤面左側(クイーン・サイド)にパスポーンを作るという明確な
プランが立てられる白に分がある形ですので、黒の指し手には注意が必要です。
ビショップ対ナイトは、ポーンが散らばって風通しの良いこのような局面ではビショップの方がよく働きますから、白が指しやすい。
しかしルークの働きは段違いで、敵陣深く侵入した黒に対し、白のルークは未だ自陣に残っています。
双方にプラスとマイナスがあって、いい勝負です。

白の課題は先ずルークを活用させること。それに気付けば、次の一手は容易に見つかります。
28.Rc2 です。以下28…Kg7 29.Be4 Nd4 30.Rc7 a5 31.a3で互角の形勢(Fritz)。

実戦では、白は意外な手を指しました。

28.Bf3 ?

技をかけよう(タクティクス)と狙い過ぎた疑問手。すぐに28…Nd4 なら29.Rxe6でポーン得となりますが、先にルークをかわされると、
逆にこのビショップが負担になってしまいます。

28...Ra1
29.b3 ?

ポーンを一旦は守れても、依然として「取り」が残るので、疑問。正着は29.a3でした。ただ、29…Nd4 30.Re4 e5(変化図)



とからまれ、白は我慢の時間が続きます。31.Rxe5 ?? Rg1+〜Nxf3+〜Nxe5なので、このポーンは取れないのです。
中原(ちゅうげん)に仁王立ちするナイトをしっかり支える手(…e5)があっさり実現してしまうのも、f3のビショップが悪形だからです。
本譜、29.b3を見た私は、「もしかすると、やって来るかな」と、「ある手」に期待しました。

29...Nd4
30.Rd2 ?? (図=第一問)

「ああ、やっちゃった」と肩の力が抜けました。30.Rb2と遠くに逃がして耐えるしかありませんでした。



30...Rg1+ !

決め手です。31.Kxg1 Nxf3+ 32.Kg2 Nxd2、初めにルークを捨てても、直後にチェックをしながらビショップとルークを取り返し、
差し引きナイトの丸得になります。
実戦は

31.Kh3 Nxf3
32.Rd3 Ne5
33.Rd8+

とルークを残して頑張りましたが、駒損はいかんともしがたく、45手までで白が投了(リザイン)しました。
前田さんはオリンピックを始めとする国際大会への参加経験が豊富で、伸び盛りのジュニアですから、直近のレーティング(1400)
よりずっと強い印象を受けましたが、そんな相手に対してじっと我慢の指し手を重ね、ワンチャンスをものにして勝てましたので、
「どうやら調子は悪くなさそうだ」と自信を深めた次第です。




第二問解答

午後4時開始の第2ラウンド。初戦に勝った私は6番ボードに上がり、すごい人と指すことになりました。

□神田大吾 1806
■渡辺 暁 2358
全国大会2011(2)

渡辺さんは第1ラウンドが不戦(bye)の0.5ポイント。スイス式は同星同士を当てるのが原則ですが、人数が奇数になったため、
1ポイントの私が0.5ポイント最上位の渡辺さんと当たったのです。
願ってもない相手です。こういう人と対戦できるのが全国大会の醍醐味です。ワクワクしました。

上位10番ボードまでは棋譜がJCAのHPで公開されますので、全体はそちらをご覧いただくことにして、序盤に一言だけ。

6.Be3 c5(図)



キングズ・インディアン防御(...Bg7)に対し、ゼーミッシュ・システム(Be3)を採用する白にとって、通称ゼーミッシュ・ギャンビットと
呼ばれるこの6...c5は頭痛の種です。上がったばかりのビショップの効きに、平然と突く。取れば、ポーン一枚、得をするのですが、
その後の駒のまとめ方が難しい(とりわけ右のルークが使いにくい)ので、今日では「取るのはコンピューターだけ」*とまで言われます。
(*New In Chess Yearbook, 第86号, 2008年, p.209で引用されているJoe Gallagherの言葉。)

でも、私は取ることにしています。渡辺さんとも"長い付き合い"で、
□神田大吾 0-1 ■渡辺 暁、百傑戦1995(4)
□神田大吾 1/2-1/2 ■渡辺 暁、全国大会1996(13)
そして今度と、三回ともこの形になりました。

中盤以降、いろいろあって、以下の局面に進みます。

24.Ng4 Bg5 (図=第二問)




「突っ張りすぎた。24…Bg7と、おとなしく退くべきだった。」(渡辺さん談)
実力差を考えて勝ちたい、勝たなければいけない上位者は、しばしば無理をします。そのため、チャンス・ボールがこちらに
転がって来たのですが・・・

25.h4 Bf4
26.a3 ??

三手一組の手が見えていながら、フルエテしまいました。
26.Nf6+ Kg7 27.Bc3 !(変化図)



この斜めのピンが受けにくいのです。以下27…e5 28.Nd5 f6 29.Nxf4 exf4 30.Ba5 Rc8 31.Bb6 Bd3 [31…Bxa2 32.Kc2] 32.a4 で
白が勝勢(Fritz)だそうです。この26.Nf6+ Kg7 27.Bc3までは読んでいましたが、「もう一手、準備してから」と自陣に手を戻した
(冷静な目で見返せば、余りにもボケた)26.a3 ??を指したため、

26... f5 !

というパンチを浴びてしまいました。ナイトを攻めつつ、キングの懐を広げる攻防の一着。この手を指されてからは、もう二度とチャンスは
巡って来ませんでした。

負けという結果は順当。しかし、予定変更してチャンスを逃したのは悔しい。しかし、肝心な勝負所で手が伸びないのも実力の内、
と、後悔と納得の入り混じった複雑な気分でした。
ともあれ、気持ちを切り替えて二日目に臨みます。




第三問解答

大会二日目、5月1日(日)

全国大会では上位10ボードのゲーム集が毎日作成され、翌日に配布されます。対戦相手が使う戦型を知り、事前に準備して
臨めますから、大会のレベルアップに繋がるとても良い方法です。JCAスタッフのご努力に敬意を表したいと思います。

これには、選手のモチベーション維持という効能もあります。レーティングが中位以下の選手にとって、4位までの入賞は夢のまた夢
ですが、それでも六日間11試合を指し続けるに当たり、この「棋譜集に載る」は手の届く目標となります。もしも12番ボードに落ちれば、
「よし、ここを勝って、もう一度10番以上に戻るぞっ!」と気持ちを再び高めるわけです。

午前の第3ラウンド。私は棋譜の載るぎりぎり10番ボードに座りました。

□三阪 晋 2064
■神田大吾 1806
全国大会2011(3)

32.exf5 gxf5
33.fxe5 dxe5(図=第三問)



黒番ダッチ防御で始まったこの試合、黒が序盤に7…a5と8…e5と両方伸ばしたのがどうやら指し過ぎで、
将棋用語に言う「公家の位倒れ」、a5のポーンは19手目にタダで取られてしまいました。
それでも懸命に駒をまとめ、図の局面に至って、何とか勝負形になったかと思えたのですが、白がかなり時間を
使って考えている間、私は「ある手」と言いますか、「ある方向」に気付き、目の前が真っ暗になりました。

34.Bxe5

やはり、取って来ました。私もここで時間を使いましたが、手を読んだわけではありません。よっぽど投了しようかと
思ったのです。でも、「GMじゃあるまいし、カッコつけるなよっ!」と自分を叱り飛ばし、分かりやすい形になるまで
指し続けることにしました。苦しい時間でした。

34...Bxc4
35.Qg5(図)



白からこの縦ピン返しがあることは読んでいました。しかし、飛び出したクイーンが同時にd8にも効くこと。従って次のBxg7に対し、
黒がQxg7と取り返せない(ルークが落ちる)ことが見えていなかったのです。

35...Bxd3
36.Bxg7 Bxf1
37.Bf6+
1-0

投了局面以下は38…Kf7 39.Qg7#でチェックメイト。
黒の右のルークがa6に浮いていることが致命傷となりました。もしもa8にいてd8と繋がっていれば、36…Qg7と取り返せましたが、
これはそもそも19手目でaファイルのポーンを取られた後遺症であり、33手目の図の局面ではもう「終わっていた」のです。
上位者との力の差を見せつけられました。

午後の第4ラウンドは12番ボードです。対戦者の浜根さんはJCA大会常連のベテランで、吉祥寺チェスクラブのオーナーです。
中盤の腕力には定評があり、昨年の全国大会では馬場五段を破る金星を挙げました。

□神田大吾 1806
■浜根謙一 1814
全国大会2011(4)



ポーンの数は七対六。中盤の折衝であっさりeファイルのポーンを落とすことが出来て、図の局面では白が圧倒的に優勢のはず
ですが、それだけに楽観していました。

23.Nxg5 ?

ポーンががっぷり四つに組み合っているこのような局面では、ポーンの間を縫って飛ぶことが出来るナイトは温存すべきです。
正着は23.Nd2 Ne4 24.Nb3〜25.Nc5でした。

23...Bxg5
24.Kf1 Kf7

と進み、以下、二枚ビショップがどうしても敵の防御線を突破できず、40手でドローとなりました。Fritz君はナイトの消えた24手目
の局面でも依然として「白、勝勢」と評価してくれるのですが、その先の手の、どこをどう改善していいのか、未だに分かりません。
エンディングの難しい所です。

端のポーンを取られて、負け。
中央のポーンを取ったのに、ドロー。
レーティング2000と1800との差を痛感した一日でした。




第四問解答


大会四日目、5月3日(祝日)

□吉村謙治 1932
■神田大吾 1806
全国大会2011(7) [ フレンチ防御:C10]

5月2日(月)の5R・6Rは、平日なので仕事を休めなかった私はbyeです。翌日の7Rから戦線復帰しました。
マイナス1(勝率50%に0.5不足)同士の対戦です。レーティング上位で、白番の吉村さんは是非とも勝ちたいでしょう。
逆に100ポイント以上も下で、黒番の私は「負けない」ことを目指します。

1.e4 e6
2.Nf3 d5
3.Nc3

出だしはフレンチ防御のツー・ナイツですが、

3...dxe4

と黒が取り込めば、

4.Nxe4

と白も取り返さざるを得ず、以下

4...Nd7
5.d4 Ngf6

と進み、手順前後でルビンシュタイン変化となります。1.e4 e6 2.d4 d5から白が3.Nc3と指しても、3.Nd2でも、
3…dxe4からやはりこうなります。白がどれを指しても同じ局面に行き着くという重宝な定跡です。松戸チェスクラブの
前チャンピオン真鍋浩さんが愛用している所から、私は勝手に「松戸定跡」と呼んでいます。

6.Nxf6+ Nxf6
7.Bd3 c5
8.0-0 (図)



8...Be7 ?

ルビンシュタイン変化の定跡手順が8...cxd4 9.Nxd4 Bc5であることは知っていましたが、ナイトを中央に呼び込むのが
何だか気持ち悪く、つい、こう指してしまいました。将棋用語で言う「震えた」というやつです。
局後にChessBaseで調べましたら、過去に8...Be7と指した棋士の最高レーティングは2300台です。定跡のラインは、
検索すると普通は2600台、少なくとも2500台の棋士の名前がぞろぞろ出て来ますから、こんなことは珍しいです。
8...Be7は「序盤に無頓着なアマチュアが指す疑問手」と言えるでしょう。

9.dxc5 Bxc5
10.Qe2 Qc7 (89)

手順に併記した(...)は、棋譜の横にメモしておいた、その時点での残り時間です。持ち時間が90分ですから、
ここまで、30秒累加加算で増えた5分程度しか消費していないことを示しています。盤上に暗雲が広がり始めていることに
少しも気付いていません。

11.Bg5 Be7 ? (63)

白に一手指されて、初めて事態の容易ならざることに気付き、長考した揚句、消極的な悪手を選びました(泣)。
黒番であるのに加え、8...Be7 から9...Bxc5と手損してしまったのですから、もはや悠長に駒組みしていられる状況ではありません。
ポーンの形が少々悪くなる(...gxf6)など、もう気にする余裕はないのです。Fritz君によれば、強く11...Bd6と指すべきだそうです。
以下12.Bb5+ Bd7 13.Rfd1 0-0 14.Bxd7 Qxd7 15.c3 Rfd8 16.Ne5 Qc7 17.Ng4 Be7 18.Nxf6+ Bxf6 19.Bxf6 gxf6などと進んで
白が指しやすい。「指しやすい」くらいならば、黒にとっては許容範囲内です。
実戦は11… Be7と引き戻して更に手損を重ねたため、ひたすら忍従の時間が始まります。

12.Rad1 0-0 (56)
13.Rfe1 a6 (47)
14.Nd4 ?

14.Ne5あるいは14.Qe3なら、白が大いに優勢でした(Fritz)。

14...Re8 (40)
15.h4 ?

 15.Bh4 Qb6 16.b3 h6 17.Nf3〜Ne5で白が優勢(Fritz)。どうやらe5にナイトを据えるのが攻めの要点のようです。

15...Bd7 (36)
16.c3 Rac8 (31)
17.Bb1 Bc6 (22)

「白に攻めの糸口を与えてはならない」。方針をこの一点に絞り、一手ごとに慎重に読みを入れながら指したため、
みるみる持ち時間が減って行きます。四苦八苦の時間帯でしたが、幸いにも白が攻撃のプランを見つけあぐねたため、
ようやく虎口を脱しました。

18.Qd3 g6
19.Nxc6 Qxc6
20.Bxf6 Bxf6
21.h5 Red8(16)
22.Qg3 Bg7
23.hxg6 hxg6
24.Rd3 Rxd3
25.Qxd3 Qc4(10) 
26.Rd1 Qxd3
27.Rxd3 (図)




dファイルを押さえられているので依然として白が指しやすい形勢ですが、g7から遠く睨みを効かせるビショップと、
相手ビショップ(中盤では好位置のb1でしたが、この局面に至ってみると却って悪形)が黒にとっての狙い所です。
ルーク・エンディングでは、ルークを働かせることが何よりも大切です。たとえ駒損(ポーン損)しても、ルークを敵陣深くに
侵入させるのが最優先事項。そう考えれば、次の手は容易に見つかります。と言いますか、次の手が見えたので、
25...Qc4とぶつけて交換を挑んだのでした。

27...b5
28.Rd7 b4
29.Bd3 bxc3
30.bxc3 Rxc3
31.Rd8+ Kh7
32.Bxa6 Rc1+
33.Bf1 Ra1
34.Ra8 Bd4
35.g3 Kg7 

白のaポーンはパスポーンながら、不用意に突けば、黒はRa2としてf2に集中砲火を浴びせます。たとえ無事に突けたとしても、
双方のビショップが筋違い(白マスvs黒マス)なので、a7の前で止まります。d4のビショップが攻守にわたって絶好の位置に
いるわけです。黒はポーンをe6-e5と突いて支えることが出来ますから、d4のビショップは安泰です。
頃は良し、と思ってドロー・オファーしたら、吉村さんはしばらく考えた後、受けてくれました。

1/2-1/2

今、冷静な目で棋譜を見返しますと、8...Be7 ?に加え、11...Be7 ?が何ともお恥ずかしい限りですが、終局直後は、
自分より強い人を相手にして守り切ったことで不思議な充実感に包まれていました。疲れましたが、快い疲れでした。
お蔭で、午後四時からの第8ラウンドに自信を持って臨むことが出来ました。




第五問解答

□神田大吾 1806
■松本貴志 1855
全国大会2011(8) [ シシリアン防御:B80]

19.Be3 d5(図)



どうやら、この局面では「筋に入っている」ようです。なぜなら、

20.g5 Nd7
21.Nf5 Bf8
22.h5

駒の取りを掛けて先手を握りながら、幸便に進撃出来るからです。白の攻めを上回る速度の反撃が黒には見当たりません。

22...d4

中央を閉じると反撃がなくなるので、白は楽になります。さりとて、22…dxe4に対しては23.Bc4 Nb6 24.Bb3(変化図)と
ビショップをこちらの斜線に回し、次のg6突きが激痛です。
(変化図24.Bb3まで)



23.Bc1 Nb6
24.Qh2

e5のポーンに当てながら、クイーンをhファイルに回す。気持ちのいい手です。ゲーム中は、
この手を指してようやく勝ちを意識しました。

24...Re8
25.g6 f6
26.h6 Re7
27.Rdg1 Rd7
28.hxg7 Rxg7
29.Qxh7+
1-0

この勝利で通算2勝2敗2分、勝率五割に戻すことが出来ました。残り3局で勝ち越しを目指します。




第六問解答

集中が切れる:大会五日目午前、第9ラウンド。

□中村尚広 2014
■神田大吾 1806
全国大会2011(9) [ダッチ防御:A80]

5月4日。勝率が五割に戻ったため、ボードも10番に上がりました。
棋譜がJCAのHPhttp://www.jca-chess.com/109games.htmに載る所まで再浮上です。
俄然、気合を入れてゲームに臨んだのですが・・・

31.hxg6 hxg6 (図=第六問)



手数が30手を超え、残り時間が互いに10分未満となったこの局面で、
黒の私は「ふらふらっと」ドロー・オファーしました。中村さんはちょっと考えてから、

32.Bd1

と指しました。
今、冷静に局面を見返せば、ドロー拒否は当然です。駒割りは互角ながら、白は大きなスペースを確保し、
ビショップが自由に動けます。反対に黒は窮屈な陣形なので、二枚のビショップ(特にa6に閑居している白マスビショップ)
がその力を発揮するに至りません。白がレーティング上位者であることを別にして、局面だけを見ても、
駒の働きにはっきりと差のあるこの局面で、白はドローを受けてはいけません。

それらを承知で「牽制球を投げてみた」というような、盤外の駆け引き的な積極的な意味合いは全くなく、
三時間を超える試合でたまった疲労の余り「ふらふらっと」オファーしました。サッカーで言う「集中が切れた」瞬間です。
盤面を見ているようで、実は見ていない。黒が直面していた"二つの危険"に気付いていませんでした。

先ず、白の唯一の弱点はe3にいる、自分のポーンにぶつかっている「悪いビショップ」です。黒としては、
こちらのビショップが世に出て働き始めるのを妨害しなければなりませんでした。

他方、黒はa6にぽつんと取り残されているビショップを再起動すべく、早く...b5と突き、axb5 Bxb5と活用を図らねばなりません。
これにはb6のバックワードポーン(*)を清算できるという利点もありましたが、これにも気付いていませんでした。

*「backward pawn:バックワードポーン、出遅れポーン。隣のファイルの味方Pより後ろにあり、進む枡に敵Pが利いているP。
Pで守れない上、前進も難しく、弱点となりやすい。またその前の枡は相手の拠点(→outpost)になる。例:1.d4 d5 2.f4 ? は
eポーンをバックワードにする疑問手。」
「チェス用語小辞典」http://homepage2.nifty.com/hnishy/chessterms.htmより。

32...Qf7 ?

32...Be7でした。以下33.Qc1 b5 34.Bg5 Kg7 35.Bh6+ Kg8 36.Bc2 Qf7で白が指しやすい(Fritz)けれども、まだ戦えました。

33.Qf2 Qf5 ?
 ここでも33...Qxf2+ 34.Kxf2 Be7でした。

34.Bc2 Qxf2+
35.Kxf2 Kh7

初めの予定は35...Kf7 でしたが、36.Bg5 Be7 37.Bxe7 Kxe7 38.Bxg6とポーンを落とされることに気付き、やむなく予定変更。

36.Bg5 Bh6
37.Bd8(図)



b6またはa5のポーンが落ちることが確定し、大勢が決しました。
それでも指し続け、62手まで粘りましたが、ドローの機会はついに訪れませんでした。

前日の第7ラウンドとは対照的な、不甲斐ない敗戦で、悔いが残ります。通算成績も再びマイナス1に逆戻りしてしまいました。




第七問解答

オープン・ファイル:同日午後四時、第10ラウンド。

□神田大吾 1806
■篠田太郎 1748
全国大会2011(10) [ルイ・ロペス:C77]

自分よりレーティング下位の選手と当たるのは初戦以来です。白番ですし、勝率五割に戻すために是非とも勝ちたい所ですが、
相手の篠田さんは二月のカペル・ラ・グランデ大会(フランス)に参加するなど、精力的に活動されている伸び盛りの若手ですから、
難敵です。 ルイ・ロペスの持久戦型から徐々に双方の駒が間合いを詰めて行き、

23.Rad1 ? Rb5(図=第七問)

 

と、白の私が中央にルークを回して、「さて、」と考えていると、黒の篠田さんからドロー・オファーされました。
主導権は白にありますし、残り時間も43分対16分で大幅に有利でしたから当然指し続けるつもりでしたが、
読んでみると意外や意外、24.d5も24.e5もどちらもうまく行きません。ポーンを突くと、横に出来る穴をナイト
またはルークに利用されて反撃を食らうのです。結局、オファーを受けて、ドローが成立しました。

それが「正解」でした。図の局面でどう指すべきかをFritz君に聞いてみると、
24.Rc1 (!) Nh5 25.d5 exd5 26.exd5 Ne7 27.Ne3 h6 28.Bxe7 Qxe7 29.Rc4で白がやや指しやすい、と。
なるほどね。「ルークはオープン・ファイルに回せ」がセオリーです。そもそも23手目にRac1だったわけですが、
中央に二枚を並べる形にとらわれ、cファイルが開いていることが全く見えていませんでした。

もしかすると、黒のドロー・オファーが逆に"疑問手"だったかも知れません。駒を組み替える必要性に気付いて
いなかった白に手を渡して「指させる」と袋小路に迷い込み、黒にチャンス・ボールが転がったかも・・・

ともあれ、ドロー成立。これで10局を終わって2勝3敗3分2bye、依然としてマイナス1のままです。
勝率五割に乗せるには、最終局に勝つしかありませんが、再び難敵が立ちはだかります。




第八問解答

未完の伝説:大会六日目午前、最終第11ラウンド。

□高安信行 1699
■神田大吾 1806
全国大会2011(11) [シシリアン防御アラピン変化:B22]

5月5日。勝たねばならない最終局の相手は、浜松クラブ常連の高安さんです。
静岡選手権出場者の"同士討ち"になってしまいました。過去の対戦は二年前、2009年のゴールデン・オープンで、結果はドロー。
どんなに不利な形勢になっても驚異的な粘り腰を発揮してドローを達成する所から、敬意を込めて「ドロー職人」と呼ばれている人
だということを、当時の私は知りませんでした。

32.Qxd2 Rxd2+
33.Kg1 (図)
 


クイーンを消し合い、チェックでルークがd2に飛び込み、キングがg1にかわした局面です。
駒割がルークとビショップ&ナイトの二枚替え。加えてポーンの数と形の差から黒の私が優勢ではありますが、
a5のナイトが昼寝状態ですし、図の局面では黒キングにバックランク・メイトの「詰めろ」(Re8#)がかかっているので、
黒の手番ではありますが「後の先」です。何よりも先に、黒はメイトを防がねばなりませんが、単純に33…h5 と
退路をあけると、34.Ree7で困ります。メイト狙いは表向きで、七段目に二枚ルークを並べるのが白の真の狙いなのです。
ですから、

33...Bc6

が「この一手」だと思いました。ビショップでe8地点を抑えつつ、自陣に引き戻して次に…Rg2+ から…Rxg3を狙います
(ビショップがf3にいたままだと、Kf2でルークとの「両取り」を食らう危険性があります。後述)。

「いいなぁ。攻防の一着だ」と自画自賛していましたが、局後に調べますと、Fritz君は仰天の一手を示しました。
33…h5 (!) 34.Ree7 Kh7 35.Rxg7+ Kh6(変化図)
 


ポーンを取らせて「これで勝ちだ」という、太刀先の見切りには感心するほかはありません。
以下36.Rgd7 Rg2+ 37.Kf1 Rxg3 38. Rd6 Kg6 39.Rxb6 Nc4で黒が勝勢である、と。
なるほどねぇ・・・ポーンがh5まで伸びていれば、手順中、たとえ38.Kf2と両取りをかけられても、
38…h4でルークを支えることが出来るので怖くありません。対局中はこの38…h4が見えなかったので、
「両取り」に怯えてしまいました。

実戦ではこんな「肉を切らせて骨を断つ」みたいな指し方は私にはとても出来そうにありませんが、
踏み込んで読みを入れる大切さに改めて気付かされました。

34.R1e7

34.g4とポーンを逃がしておくべきでした。

34...Rg2+
35.Kf1 Rxg3
36.Rac7 h5
37.Re6 Rxh3

ポーンの数が違うので、Rxc6から清算するのは黒にとって歓迎です。なので、白も簡単には局面を決めません。
色々な手を繰り出して、「まぎれ」を狙います。

38.Rc8+ Kh7
39.Rb8 h4 ?

パスポーンを慌てて伸ばす必要はありません。単に39…b5でした。
 
40.Rxb6 Rh1+ ?

40…Bd5 41.Re8 Nc4 42.Rbb8 g5と落ち着いて駒を組み替えて十分でした(Fritz)。

41.Kf2 Rh2+
42.Kg1 Rxa2 ?

取る必要のないポーンに手を出してしまいました。45手目の清算まで読んでこう指したわけですが、危険な道でした。
敢えて縦ピンをかけさせてうっちゃろう、なんて、危ない橋を渡る必要はなかったのです。

43.Ra6 h3
44.Rexc6 Rg2+
45.Kh1 Nxc6
46.Rxc6 g5 ?

次にRc3と引かれると大変だ、h3のポーンを早く守らなくては、と慌てふためき、気前よくfのポーンを捨てる悪手。
46…Rg3 47.Kh2 Rf3で何事もありませんでした。
ここの10手ほど、将棋用語で言う「ヨレた」指し手を黒は連発です。ドロー職人高安さんの術中にはまり、
形勢の差がどんどん縮まります。
そして・・・

47.Rxf6 g4 ??(図=第八問)



指した瞬間、黒の私は白の次の手に気付き、思わず「あっ」と声を出しそうになり、かろうじて言葉を呑み込みました。
目の前が真っ暗になりました。
高安さんはじっくり考えています。「そうだろうな。念には念を入れて慎重に読んでいるんだな。」と思って、
私はますます気落ちしました。奈落の底に突き落とされるとはこんな感じなのか、と無念さを噛みしめていました。
ところが・・・

0-1 ??

高安さんがキングを倒してリザインの意思表示をなさった時、私は面喰って動揺しました。
結果報告の所定の手続きを済ませ、検討室に移動する間も「どうしようか?」と迷いましたが、
でも、やはり、気付いているのに言わないのはおかしいだろう、と思い直し、
検討の冒頭に48.Rh6+ !



を示しました。高安さんもすぐに「そうか!」と気付かれました。ルークを取ればステール・メイトです。
さりとて、キングが横に逃げても、Rg6+、 Rf6+、 Re6+、 Rd6+、 Rc6+、 Rb6+、 Ra6+と、どこまでもチェックが続き、
キングの避難場所がありませんからドローだったのです。

今大会、高安さんはなぜか下位に低迷されていて、私は不思議に思ってましたが、実は大会期間中、
ずっと腰痛に悩まされ続けていたことを局後の会話で打ち明けてくださり、私は納得しました。
このゲームの終局時点の残り時間は、私の8分に対し、高安さんは54分も残していました。体調不良が響き、
いかに集中力がそがれていたかを如実に示す数字です。いつもならばきっと簡単に48.Rh6+ !を見付けて
「ドロー職人、ここにあり!」と、また一つ、伝説を作られたことでしょう。申し訳ない気持ちで一杯でしたが、
私には幸運でした。

かくして未完のドラマを残し、私の大会は終わりました。3勝3敗3分2bye、ぴったり五割に滑り込みました。
悔しい敗戦もありましたが、指し分けに達した事。また、この結果、レーティングが1806から1839へ上昇することになりましたので、
実力以上の結果を残せたという点で、まずまず、静岡代表としての責務は果たせたのではないでしょうか。

お蔭さまで、改めてチェスの楽しさ、奥深さを知り、ますますチェス熱が高まりました。静岡の皆さま方に篤く御礼申し上げます。
浜松チェスサークルの皆さま方がこれからもチェスを楽しまれますよう、そして来年の静岡選手権でまたお会いできますよう祈りつつ、
(神田大吾)

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神田さん、立派なリポートありがとうございました。
これからも盤上・盤外(執筆活動)共にご活躍することを陰ながら応援しています。

2011年9月3日(最終更新)
浜松チェスサークル元代表 鈴木陽介


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